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People 2023.12.22

人の数だけ、違った歩き方がある。
人の数だけ、歩く理由がある。
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PROFILE

1956年8月25日生まれ、大阪府出身。大阪府天王寺高等学校から早稲田大学を経て、古河電気工業サッカー部に加入。サッカー日本代表にも選出される。引退後は指導者に転身し、古河電工(ジェフユナイテッド市原・千葉)や日本代表のコーチを務めた。1997年10月、FIFAワールドカップフランスのアジア最終予選中に監督に抜擢。逆転で予選を突破し、日本初のワールドカップ出場を決めた。その後、監督としてコンサドーレ札幌のJ2優勝、横浜F・マリノスのJ1連覇に貢献。2008年には再び日本代表の監督に就任し、2010年南アフリカ大会ではべスト16に導いた。2014年にFC今治オーナー就任。現在は株式会社今治.夢スポーツの代表取締役会長としてクラブ経営をする傍ら、地方創生や教育事業まで多岐にわたる活動に取り組む。

はじめて立つことを覚えた瞬間。無意識に一歩踏み出す。呼吸するように当たり前に「歩く」ことを覚えたのは、いつのことだっただろう。フィールドを超え、自らの道を切り拓く人たちが「歩く」ことで出逢う感覚や景色を探る本連載。第11回目にお話を伺うのは、サッカーの日本代表を経て、日本代表監督としてチームを先導し、現在は「株式会社今治.夢スポーツ」の代表取締役会長として教育に注力するほか、地方創生やコミュニティ作りにも力を入れる岡田武史さん。 経験のないことにも果敢に挑み、社会を牽引する歩みを止めず、次世代に背中を見せる。岡田さんが思い描くチームや社会の形、先に見据えていることについて、お話を伺う。

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ひとりではなくチームで歩む。
存在を認め合いゴールでつながること

すっと伸びた背筋。周りを見渡しぶれることなく前へと足を運ぶ。広いグラウンドでボールを蹴りゴールを競うサッカーは、相手との戦いであり自分自身との戦いでもある。しかし一人でゴールを目指すわけではない。一人ではできないことを叶えるため、人は集い他人とともに歩む。サッカープレーヤーから監督へ。日本代表チームから教育の現場へ、企業から地域へと、人を育て、リードしながら、一方で人が集い交わる場をひらいてきた岡田さん。そこには自ずと引き寄せられるようにして個性豊かなメンバーが集まり、独自の個性を発揮しながら連帯するチームの姿がある。岡田さんにとって目指すべき「チーム」のかたちとは。

「理想のチームは『生物的組織』だと思っています。以前、書籍『生物と無生物のあいだ』の著者、生物学者の福岡伸一さんとお会いした際に細胞の新陳代謝についてお話を伺いました。古い細胞が死んだのち、新しい細胞が作られることで、今日と明日の身体は違うものになる。日々細胞が入れ替わっているという話はなんとなく聞いたことがありますよね。では異なる細胞に移り変わりながらどのように昨日とほぼ変わらない身体の状態を保っているかというと、驚くべきことに、新しく生まれた細胞に対し、脳は何の指令も出していないのだそうです。細胞同士が折り合いをなし、外見はこれまでと変わらない身体を作っている。細胞を選手にたとえるならば、監督が命令せずに選手同士が折り合いをなし、運営できるチームこそ、真に強い組織といえるのではないかと。それ以来選手が主体性を発揮し、自立する『生物的組織』をいかに作ることができるかを考えるようになりました」

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「『生物的組織』において、重要なことはチーム全員が仲良しなことではなく、仲が悪くてもお互いの違いを認め、信頼し合い、結果を出すことです。彼とは馬が合わないが、パスを出せば絶対にゴールを決めてくれる。そう思えればいい。見かけだけの仲良しグループは実は団結することが難しいなんてことはよくあります。仲良くすることを目指すのではなく、それぞれが異なるままに共通の道標をもち、到達、達成するという経験を共有すること。サッカーの場合はひとつ、勝つという共通の指標があります。それを達成するうちに、徐々に生まれていくのがチームワークだと思います」

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共感できない、わかりあえない、仲良くはできない。一見すると意思疎通すら危ぶまれる印象を受けるが、それでもなお、目指すべきゴールを共有するために岡田さんはチームメンバーとはどのように意志をすり合わせるのだろうか。

「相手の存在を認め、感情を共有することを大事にしています。たとえば、1年間で1度も試合に出さない選手がいたとします。それでもあなたのことをちゃんと見ているし必要としている、と言葉や行動を通して伝える。ウオーミングアップ中の選手に『この間の練習試合のプレーは素晴らしかったな』『そろそろ子どもが幼稚園に入園するだろう、どこに行くんだ?』と声をかける。会社でも自分の席に直行するのではなく、その前に『おっ、今日は元気そうやな~』と言葉を交わすようにする。きちんと相手の目を見て話す時間をつくることで、『あなたの存在』を必要としていることが伝わると思うんです」

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小さな対話の先に。
言葉を交わすことで生まれる認識

相手を認めること。違いを受け入れること。言葉にすると簡単なようだが、一人として同じ人間はいないからこそ差異を認め合うチームをつくることは容易なことではないはずだ。現在岡田さんが代表取締役会長を務める「株式会社今治.夢スポーツ」には、スタッフと選手を合わせて約100名のメンバーが所属している。違いを認め合うためにできることについて、岡田さんはどのように考えているのか。

「対話を通して相手を知っていくこと、それだけだと思っています。なので僕にできることは『対話をする機会』を設けること。対話のために非日常な場をつくることもあります。シーズンの初めにはキャンプに行って、焚き火を囲みながら『実は昔こんなことがあってさ』と話す。それを聞くと『だからこの人にはこういうところがあるんだ』と思える。相手のことを知っているかどうかで、人の認識は大きく変わります。渋滞中の道路で、突然車に横入りされたらイラっとしますよね。けれど、もしその人の奥さんが今病院で危篤だから急いでいると知れば、先にどうぞと譲りたくなるでしょう」

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「これから学園長になる予定のFC今治高等学校の先生たちに、常々伝えていることがあります。それは『どうしたの?』『君はどうしたいの?』『なにか手伝えることある?』と、この3つの質問を続けてほしいということ。答えを先に伝えたり、一方的に判断したりしないでほしいということです。子どもたちが殴り合いの喧嘩をしたとします。『どうしたの?』と聞くと『こいつが最初に仕掛けてきた』『いや、あいつが悪い』と言う。ではA君が悪いので謝りなさい、というのではなく『君たちは毎日喧嘩したり殴り合いしたいの?』と聞いてみる。そうしてもし『いや毎日はしたくない』となれば、『毎日は喧嘩をしたくない』という共通のゴール(向かうべき方向)を共有することができる。そこで『じゃあどうしたらいい?』と聞く。そうしたら、あとはお互いにゴールにどのように向かえばいいのか考えることができるはずです。こういった対話を積み重ねていくことでしか、お互いを認め合うことはできないと思っています」

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心の豊かさを求めて。
助け合い、信頼し合い生きること

愛媛県今治市。中心地から少し離れた、市街地と山の連なり、海の広がりが一望できる山の上。田畑に囲まれた緑のなかに「今治里山スタジアム」はある。スタジアムを歩き始めると、岡田さんの足はまずグラウンド横のカフェに迷いなく向かう。お店の小窓から中を覗こうとすると、中からスタッフが笑顔で駆け寄り、二言三言、言葉を交わす。明日の試合に向け、グラウンドを行き来する社員にも声をかけられ、会話をする。日々、確認も兼ねて、自分の足でスタジアムを4周くらい歩くのが日課なのだそうだ。今後はこのスタジアムを起点にまちにひらかれたコミュニティをつくることを考えている。

「根っこには、企業理念にも掲げている『次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会作りに貢献する』という目標があります。物の豊かさとして数字で表せる売り上げやGDPではなく、目には見えない心の豊かさ、要は信頼・関係・共感を大事にしたい。我々が売るのは『もの』ではありません。形のない豊かさで経済が回らないといつか資本主義は行き詰まるでしょう」

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「具体的には、理念の実現を目指し、新しく『共助のコミュニティ』を作りたいと思っています。そこには衣食住を保証し合う『ベーシックインフラ』がある。着るものをみんなで共有し、食べものはスタジアムの土手に設けた畑を耕し、フードバンクの設置を構想しています。町のレストランのシェフにカフェのキッチンに月1回来てもらいみんなで食事の時間を共有する。たくさんある空き家をみんなで修理して住めるようにして、ノウハウやスキルがある人にはそれを提供してもらい、仮想通貨でお返しする。その仮想通貨は時間が経つと価値が減るから貯蓄はできず、早く使って感謝を循環させていく。そんなコミュニティを作りたいと考えています」

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そもそもJリーグとは、地域に根ざすことが目指されている。地域に開かれ、人々にとって必要な場所になること。このスタジアムも街の人にとって少しずつそういう場所になってきていると、岡田さんはその片鱗を集める。

「朝スタジアムのまわりをゴミ拾いをしながら散歩していたら、すれ違う町の人の2、3人が、同じようにゴミを拾いながら散歩してくれていて。この場所を自分の場所だと思ってくれているんだなと思い、すごくうれしくなりました。サッカークラブで興行し、お客さんが来て、僕らが儲ける。そうした従来の形式、それだけが行われる場所にはしないと決め、クラブ以上の存在を目指してきたわけですが、少しずつ願ったかたちに近づいてきているかもしれません」

「今、世の中には真偽のわからない情報が飛び交っています。資本主義も分断と格差で行き詰まっている。だからこそ、次世代の人々は共助のコミュニティのような場所に集い、居場所にしていくんじゃないかと思うんです。そこに行けば、自分の感情を共有できて、流れる情報には嘘がないだろうと信じられるような、だれかにとってかけがえのない場所を作りたい。そして地域に根ざす60のJリーグが中心となり、それぞれの地域にコミュニティを作ったら、もしかしたらこの国が変わるかもしれない。世界も変わるかもしれない。岡田がまたほらを吹いていると言われますが、本気でそう思っているのです」

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応援されるチームになる
草の根活動の先に、もうひとつの幸せを描く

夢を描き、語る。次々と浮かぶ楽しげなアイディアと豊かな未来を想起させるストーリーに、人は望みを託す。今でこそ地元の企業やまちに住まう人々に支えられる数百人の会社として今治のまちに受け入れてもらえているが、もちろんすぐに受け入れられたわけではない。今治を拠点にするようになり9年。知り合いもなく、はじめは6名の社員ではじまったという小さなチームは、よそ者が冷やかしで来たに違いない、とはじめは誰にも相手にしてもらえなかった。そこには夢を語るだけではない、地道な歩みがあった。

「この町に来た9年前は、どうせ有名人が来て騒いですぐに帰るんだろうと地域の方にはまったく受け入れてもらえませんでした。自分の車にガムテープでポスターを貼って、街中を走って、駅でビラを配って。それでも2年は相手にしてもらえませんでしたね」

「転機は社内のメンバー6名に、『お前たちは今治に友だちはいるか?』とふと聞いたこと。全員が『いない』と答えたんですね。立ち上げたばかりのスタートアップ企業なんて油断したら潰れてしまうかもしれないですし、僕らは当たり前のように夜遅くまで一生懸命仕事して、議論して、ご飯を食べていた。ああそうか、と思いました。今治で、僕らは仲間内でしか話していない。『来て』と言う前に、僕らがまずは『行かなくてはいけない』。そこで終業時間も強制的に早め、仕事が終わったらまちに出ていく。一人ひとり、友だちを5人ずつ作ろうと決めました。近隣のおじいちゃん、おばあちゃんに困ったことがあったらなんでも言ってくださいと『孫の手活動』も始め、そこで知り合った方が、あなたのところはサッカーをしているの?と訪れてくれるようにもなりました。こうして地道な活動を積み重ねるなかで、言葉を交わす機会が徐々に増え、まちの人にも少しずつ受け入れてもらえるようになったのではないかな、と思います。一見遠回りに見えますが、地道な活動が一番大事なことだったんです」

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創設から時が経ち2023年4月にお披露目となった「FC今治里山スタジアム」の建設時には、土地は市からの無償貸与が決まり、設計図も工事業者も早々に決まった。ひとつめのサッカーグラウンド「ありがとうサービス. 夢スタジアム」をつくったときとは大違いだったという。

「スタジアム建設の準備が整い、あとは岡田さんが40億集めるだけですと。コロナ禍でしたし、どうやって集めるのだろうと頭を抱えました。けれど、ラスベガスだって元は砂漠。砂漠に投資をしてほしいと頼まれても皆断ると思いますが、そこにストーリーがあり希望が見えたから投資する人がいたのだろうと。企業理念の『次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会作りに貢献する』という言葉の背景について具体的に人に伝え、目標の実現に向かうためのストーリーを描こうと思いました」

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「これから先、よりAIやICT(情報通信技術)が発達し、AIの指示のとおりに生きるという人生が必ず訪れると思います。家に設置されたAIが自分のことを一番理解している時代が来る。AIにAとBとどっちと結婚した方がいいかと聞いたら、Aと結婚したら3年以内に別れる確率68%、Bと結婚した10年後も続いている確率80%と答える。これが当たるんですよ。当たるとなったら人はみな従って、AIのいうとおりに人生を送ることになるでしょう。失敗のない人生は悪いことじゃない。しかし、本当にそれで良いのでしょうか。失敗やエラーが起きることのない人生を保証され、確実に成功する人生を歩むことになったとき、人は幸せだと、本当に言えるのでしょうか。私は、幸せにはなれないのではないか、と思っています。人は失敗をすることで、誰かと助け合うことができます。つまずくことで、新たな発見をし、価値観も変容していく。失敗をしてもそこから這い上がり成長したり、誰かと助け合って絆ができたりする、もうひとつの幸せが必要なのではないかと。それが提供できる場所のひとつが、文化施設であり、スポーツだと、そう考えているんです」

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運を掴むか掴まないかは自分次第
とらえ方次第で失敗はなくなる

取材当日、空には分厚い雲が立ち込めていたが、岡田さんが来る15分前、見事に雲のあいだから光が差し込んできた。幾多の困難も乗り越え、運や縁を引き寄せるようにプラスの局面に立つ。

「よく勝敗を分かつような場面で、運を引き寄せる、運が味方をする、という言葉がありますよね。僕は、運や縁とは起こっていることに気がつけるかどうかなのではないかと考えています。つまり起きたことをどう解釈するかで縁が繋がり、運が良いという言葉で表現される。僕の場合は、通常だと失敗と言われるような場面に遭遇しても、自分にとっては失敗ではないんですね。たとえば思っていた能力とは違う人を採用したとしたら、ご縁があって僕の前に来てくれたのだから、神様がこういうメンバーをどうマネージするのか、自分は試されているんだと考えます。ご縁や運もみんなに平等に分配されている。それに気がつくかどうか。目の前で起きていることをどうとらえることができるかだけなのではないかと」

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「常に心がけているのは、勝負の神様は細部に宿る、ということ。運を掴み損ねないように小さなことまでどれだけきちんとできるか。グラウンドの四隅にコーンを置きその周りをランニングする時、チームのうち1人でもコーンの内側を走るメンバーがいたらそのチームは強くなれない。勝敗を分けているのは、戦術よりもっと些細な日々の積み重ねです。細部までごまかさずに練習を続けていくことで、ここぞという時に運を掴めるんじゃないか。僕はそうやってきました」

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ロールモデルのない世界で
未来を耕す一歩をここから

失敗は存在しない。選んだ道が違えば、異なる方法を試すだけ。楽しげにそう語る岡田さんは2024年4月からFC今治高等学校の学園長に就任する。新しいことを始めようとするとき、岡田さんの姿勢は常に謙虚だ。知らないことは専門家に話を聞き、自分も学ぶ。自然農の米作りにも挑むことにした。自然農を実践する方のもとに足を運び、教えてもらう。真摯に学んだ結果、今年は想像以上の量の米が収穫できたという。プロフェッショナルの足跡も自分たちの歩みに加え、よりよい未来作りに積極的に反映していく。これから岡田さんはどのようなことに取り組んでいこうと考えているのか。

「環境問題にも40年近く取り組んできましたが、閾値(いきち)を超えてしまった感覚があります。元にはもう戻れない。これから地球にはロールモデルがない時代が到来します。砂漠で大雨が降る時代ですから、天気も自然現象も前年と同じようにはいかなくなる。この不安定な時代を生きていくためには適応力が必要です。心身ともにタフに、そしてやっぱり人間は一人では生きていけないから、多様な人がお互いを認め助け合うコミュニティが重要なんです。企業理念の実現に向けたラストの取り組みとして、最後にこれをやり遂げようかなと思って」

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「学ぶ」という言葉の語源のひとつに「真似る」がある。これからの地球においては、真似る対象がなくなるかもしれない。正解も前例もない「今」を生き続ける私たちは、自らの歩むべき道を自らで考え、時に仲間とともに歩む必要がある。そのための準備として、これまでとは異なる新たな「学び」の場を作ろうと、岡田さんは学校を作り、コミュニティを作り、道なき道を耕す。「こんなことに取り組まなければ、悠々とした老後を過ごせただろうに、またこんな大変なことを始めてしまった」と苦笑しながらも、夢を語る目は少年のように輝く。彼の描く豊かな未来を信じてともに歩みたい。そう感じる若者たちが今、岡田さんの周りに、今治の街に、日本だけでなく世界から集まり始めている。

Photo:Atsushi Kawashima
Edit:Moe Nishiyama
Text:Yoko Masuda