人の数だけ、違った歩き方がある。<br>  人の数だけ、歩く理由がある。<br>  WALKS -石川佳純編- 人の数だけ、違った歩き方がある。<br>  人の数だけ、歩く理由がある。<br>  WALKS -石川佳純編-

People 2023.03.20

人の数だけ、違った歩き方がある。
人の数だけ、歩く理由がある。
WALKS - 石川佳純編-

PROFILE

石川佳純
山口県出身。強烈なフォアハンドのドライブが持ち味で、ラリーでの得点力の高さも強さを支えている。卓球選手だった両親の影響で7歳から卓球を始め、全日本選手権の女子シングルスでは、高校3年の時に初優勝。オリンピックでは、初出場だった2012年のロンドン大会で日本卓球史上初のメダルとなる女子団体の銀メダル獲得に貢献し、2016年のリオデジャネイロ大会でも女子団体で銅メダルと、2大会連続でメダルを獲得。ここ数年サーブやレシーブを強化し、リスクを負ってでも自分から積極的に攻める攻撃的なプレースタイルへと変化を遂げる。2021年1月の全日本選手権では、女子シングルスの決勝で果敢に攻めるプレーで勝利し、5年ぶり5回目の優勝。2021年、1年の延期を経て開催された東京オリンピックでは、日本のキャプテンとしてチームを引っ張り、団体で銀メダルを獲得。オリンピック三大会連続のメダル獲得となった。

はじめて立つことを覚えた瞬間。無意識に一歩踏み出す。呼吸するように当たり前に「歩く」ことを覚えたのは、いつのことだっただろう。フィールドを超え、自らの道を切り拓く人たちが「歩く」ことで出逢う感覚や景色を探る本連載。第7回目にお話を伺うのは、20年以上にわたって、日本を代表する卓球選手として第一線を歩み続ける石川佳純さん。一試合ごと、そして練習を重ねるごとに、さまざまな相手と向き合い、変容する環境の中でそのスタイルも変わり続けてきた。プロとして活躍してきたこれまでの歩みを通じて、考えることや感じること、大切にされていることについてお話を伺う。

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背筋が伸びる場所、千駄ヶ谷。
準備するひとときが、視野を広げてくれる

待ち合わせ場所は、東京・千駄ヶ谷。国際的なスポーツ大会の開会式・閉会式が行われた新国立競技場。そして、卓球のメイン会場にもなった東京体育館がある。「このあたりはやはり緊張感がありますね」と語る、卓球選手・石川佳純さん。よく晴れた昼下がりに、周辺の住宅やカフェ、アパレル店舗が立ち並ぶ小道を巡りながら、東京体育館、新国立競技場に向けて歩き始める。試合で幾度となく訪れている場所だが、試合に集中しているため、この辺りを歩くことはない。

「ふだんは練習場に歩いて移動することもあります。それがいい準備体操になりますね。何をするにも歩くって最初の準備体操だと思うんです。すごく気分が軽くなる。家でじっと考えていると視界が狭くなってしまうんですが、外に出て歩いて帰ってくると、悩んでいたことがそんなに大したことじゃないなと思えることもよくあります」

「緑がある場所や空気が綺麗な場所を歩くのが好きですね。山口県出身なんですけど、田んぼに囲まれたところで育ったので、緑がある場所を歩くとすごくリラックスできます。海外遠征に行くときは、時差ボケを直すために、太陽を浴びに散歩に出かけてリズムを整えますね」

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卓球のなかに人生が詰まっている。
20年を越える月日を、歩み続けていくこと

数々のラリーを重ねてきた石川さん。7歳で卓球を始めてから23年の月日が経った。本格的に卓球を始めたのは12歳。中学からは親元を離れ、卓球留学として大阪に行き、文字どおり卓球漬けの日々を過ごしてきた。その歩みを止めず、続けていくために、毎日にどう向き合っているのか。

「卓球を続けることは私にとって生きることに繋がっていると感じています。卓球の中に人生のすべてが詰まっているような生き方をしてきたのかなと。卓球は練習時間が長い競技です。以前は朝の9時から、夜の8時、9時まで練習をして。合間に食事し、部屋に帰ったらすぐに寝るという生活をずっと送っていました」

「私にとって大きなモチベーションとなっているのは、やはりオリンピックだと思います。その舞台に立つという大きな目標があるからこそ頑張れている一方で、毎日やれるところまでやり切って、疲れ果てて寝るという小さな目標も自分を後押ししてくれている。大きな目標と小さな目標を組み合わせて、日々ゴールに向かっているのかなと思います」

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続けてきたからこそわかったことがある。それは、日々を乗り越え進んでいくことの楽しさ。周囲に支えられてプレーできていることのありがたさ。以前はわからなかった考え方や感じ方への出会い。そして、卓球は人との闘いでもあるが、自分との闘いでもあるということ。昨日の自分を超えていくためには今の自分のことをよく知らなければならない。自分と闘い、前へとステップを踏んでいけることは何よりも楽しいという石川さんは自分のことをどう客観視し、見つめているのか。

「思い返してみると、歩きながらずっと自問自答をしていて。練習への行き帰りや移動中に、歩きながらずっと考えているなって。例えば今日の練習は良かったとか、これから自分がどうしたいのかとか。もっとどうすればいいか、次はこうしてみようっていうアイディアとか。家でじっとしてるときよりも、歩いてるときに自問自答してる時間がたくさんあるなと思っています」

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日々を積み重ね、つまずきにも向き合うこと。
いつしか楽しさに代わり背中を押す

プレーの土台となる基礎練習。中学生の頃からずっと続けてきている基礎練習は、やり続けないと凡ミスにつながる。きついし、地味で、面白いばかりではないが、やらなければ一気にプレーが崩れてしまう。一方で、毎日の繰り返しの中に、やってみたい新しい戦術や技なども少しずつ取り入れる。すべてが勝つことに直結するものばかりではない中で、大事していること。それは日々の練習のとらえ方、向き合い方だ。

「基本的に練習って地味だと思うんですよね。同じことをひたすら繰り返したり。でもそれは、自分の考え方次第かなと思っていて。同じ練習をやるのにも、今日はこれをしようあれをしようって、自分の中で課題を決めると楽しくなると思っています。たとえば今日はドライブの打ち方をちょっと変えてみよう、タイミングをこう変えてみよう、リズムを意識してみようとか。やっている練習は毎日同じなんですけど、自分なりにちょっとした発明のような工夫を加えることで楽しくなる。楽しくなると、集中できる。集中すると、時間があっという間に過ぎていくんです。今は、苦しければ成果が出るわけじゃないと思っているので、苦しいのを我慢することももちろん大事なんですが、それ以上に楽しく練習に向き合うための工夫を大事にしていきたいと思っています」

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テレビやニュースに取り上げてもらうのはうまく進んでいるときなどいい面が多い。一方でふだんはうまくいかないことばかりだという。そのたびに自分の失敗やつまずきと真正面から向き合ってきた。

「練習でうまくいかない時はすごく落ち込んだりもするし、イライラもします。ストレスも溜まります。うまくいかないことに対してどうしようと考えることもたくさんあります。その中で、試合前には自分で調整して、バランスを取り、力を発揮できるか。それが勝負だなと思っています」

「嫌なことや失敗に自分で向き合って、考えて、答えが出る時間も楽しいと感じているかもしれません。このときはうまくいかなかったけど、やっと答えが出せたなとか。自分なりに失敗に向き合いクリアしていく時間にもやりがいを感じていますね」

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ひとの息遣いや間合い。
五感を通してつくる自分のリズム

歩くフォームや速さにも一人ひとりに違いがあるように、卓球のフォームにも個性や性格が滲み出る。同じ先生に教わっても全員違うフォームになるという。だからこそ石川さんは、自分にないものを見極め、いい選手のプレーを見て勉強し、その技を自分に取り入れていく。そうして磨き上げていく技術とともに、もうひとつプレーのなかで重要なのは、相手との間合いやテンポを読むことだ。

「卓球は相手がいる競技なので、相手の考えも読みつつ、自分の強みを出していかなくてはいけません。相手のことばかり考えて自分のリズムを出せなかったら負けてしまうし、でも自分のことばかり考えて相手にタイミングを読まれてしまってもいけない。その間合いがとても大事になります。テンポは選手それぞれによって違うので、相手の間合いに合わせて、さらにそこで自分のプレーがどれだけできるか。そのバランスがすごく難しいなと思っています」

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観戦者の視点からは台の上で行き交う球に注目してしまいがちだが、選手は流れている空気や相手の表情などを五感すべてを使って感じ取り、それらを自らのリズムとして球にのせ、勝負に挑む。相手の緊張や焦りなど、その状況や様子を感じられないと勝つことは遠のいてしまう。

「たとえばサーブを出すタイミングもそれぞれで違います。自分の間合いで出すので、レシーブのときはその間合いに自分が合わせていかなければなりません。逆に自分がサーブのときは、私がどれだけ相手に間合いを取らせないかも大事。距離も近い対人競技なので表情もとてもよく見えますし、緊張しているとか、強気だとかも感じるんですよね。それを感じられるのは面白くて、難しい面でもあります」

歩いている途中にも取材陣をはじめ、周囲を気遣い、場を和ませながらも、軽やかに歩を進める。五感を使い、試合に臨む。その感覚が日常生活や卓球以外のコミュニケーションに活かされているのかと聞くと、ふだんの自分と試合の自分の感覚はまったく別のところにあるという。

「コートに立っているときとそうではないときは自分のモードが全然違っていて、切り替えがうまくいかないと勝負の場で勝つことは難しいと思っています。ふだんの自分でコートに立つと勝負できないんですよね。なので勝負の場に立つ前はしっかりと強い自分に切り替え、準備をします。頭の中や気持ちの精神的な準備と、技術的な準備。だから試合のときは、やっぱり試合モードの自分です。一方で、ふだんはよく喋るし、だれとでもコミュニケーションを取りたいと思うタイプなんです。たとえば卓球をしていないときの友人と試合直前に会うとふだんの自分に戻ってしまうので、試合を見にきてくれても喋りたいけど喋れない。もどかしさを感じることもありますね」

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変化していくこと。変わり続けるということ。
止まらぬ歩みを未来につなげていく

たった一度の優勝だけではない。長期間にわたり、何度も勝ち進むことは、変わらぬままで叶うものではない。時代の変化に合わせ、フォームやプレースタイルを変えることを決断し、励んできた。それらを変えることは、頂上まで歩を進めてきた長い道のりを戻り、また別の道を一から登り始めるようなもの。気軽に選択できることではないはずだ。それでも、卓球界の中ではベテランの年齢になる石川さんは、年齢が上がるからこそ勝つために自分自身が変化していきたいと語る。

「競争って勝負じゃないですか。常に進歩していかなきゃ、変化していかなきゃ、やっぱり勝てない。それは自分が若手として駆け上がっていくときはあまり感じられなかったんですが、そう思わされる機会が何度かあったんです。チャンピオンになったり、年下の選手やかつて勝っていた選手に負けてしまったり。長く続けてきた中でそういう壁にぶち当たって、大きく変化を求められたんです。勝つためには変わらなければならないと思い前向きに取り組んだ結果、6〜7年前くらいにまた自分が大きくレベルアップできたように感じられて。それがうれしい成功体験になっていて、今も常に変化し、挑戦することをとても大事にしています」

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試合以外の時間は、そのすべてを試合の準備をしているような気持ちで過ごしている。一方で、楽しく充実した時間を過ごすことが何よりもレベルアップにつながると語る。だからこそ、日々の練習も工夫を凝らし、前へと進んでいく。

「自分もまだ選手をやらせてもらっている中ですが、卓球を通して本当にたくさんのことを学びました。努力をすること、続けることの楽しさや大切さ。もし将来引退するときにはスポーツを通して自分自身が学んだことをたくさんの子どもたちに伝えていきたいなと思っています」

テンポよく続いていくラリーのように、卓球とともに人生を歩んできた石川さんの歩みはまだまだ止まらない。そしてその足跡と変わり続ける背中を見て、次の世代も育っていく。

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Photo:Hiromitsu
Edit:Moe Nishiyama
Text:Yoko Masuda