人の数だけ、違った歩き方がある。<br>  人の数だけ、歩く理由がある。<br>  WALKS-平澤香苗編- 人の数だけ、違った歩き方がある。<br>  人の数だけ、歩く理由がある。<br>  WALKS-平澤香苗編-

People 2022.10.26

人の数だけ、違った歩き方がある。
人の数だけ、歩く理由がある。
WALKS-平澤香苗編-

PROFILE

平澤香苗
1977年生まれ。世界文化社に2000年入社後、20年間メンズ誌畑一筋。2007年までBegin編集部、2008年よりMEN’S EX編集部。2013年に『MEN’S EX』副編集長、2017年に『MEN’S EX ONLINE』編集長、2020年9月より『MEN’S EX』『MEN’S EX ONLINE』編集長。イタリアはじめ豊富な海外人脈を生かした「ピッティ・ウォモ」での速報ポストやMEN’S EX ONLINEでの速報レポートも人気。2022年4月『時計Begin』編集長も兼務。

はじめて立つことを覚えた瞬間。無意識に一歩踏み出す。呼吸するように当たり前に「歩く」ことを覚えたのは、いつのことだっただろう。フィールドを超え、自らの道を切り拓く人たちが「歩く」ことで出逢う感覚や景色を探る本連載。

第6回目でお話を伺うのは、20年に亘り歴史あるメンズファッション誌の最前線で働きながら独自のスタイルを貫く編集者・平澤香苗さん。洋服の歴史・文化的背景を辿りながらも新たな物事にアンテナを張り、作り手のいる街には自ら足を運ぶ。シーズンごとに変化の激しい業界に身を置きながら、トレンドに流されることなく自身のライフスタイルに合わせ選び抜いたプロダクトを身に纏う彼女にとって、歴史とともに自らのテンポで「歩く」ことについてお話を伺う。

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待ち合わせはターミナルで。
新旧交わる東京・丸の内の街道から

待ち合わせ場所は、各地から訪れる旅人やビジネスマンが足早に行き交う首都圏のターミナル、東京・丸の内。開業から100年の時を刻む東京駅からは、豊かな木々の生い茂る皇居に江戸時代からのこる外堀跡、明治時代に造られた石橋が架かり、オフィスビルの並びには旧東京中央郵便局の局舎を改装して作られた博物館や高級レストラン、ブティックや喫茶店が軒を連ねる。すこし歩けば背景の異なる文化施設や商業施設に巡り合うこの土地は、歴史あるファッションを取り上げてきた編集者・平澤香苗さんにとっても思い入れのある街だ。

「このエリアは1時間も歩けば時代を行き来するように景色が移り変わっていくところがとても面白いんですよね。国の重要文化財にもなっている東京駅丸の内駅舎の東京ステーションホテルも、実は100年以上前、1914年に建てられたもの。数年前にいわゆる解体して建て直す形ではなく、現存している建物をできるだけ保存・活用するという『保存・復原工事』をされてリニューアルしたものですが、モダンな建物の中に100年前の赤煉瓦の壁が残されている部分があったりする。東京の中心で、戦時中から生き残っている壁をきちんと活かしている“クラシック・ラグジュアリー”な空間に、ドラマを感じてグッときます」

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編集部で培われた深掘り魂。
歩くことはよくばりの特権

元々メンズ誌の編集を手掛ける前、就職活動中は女性誌を希望していたという平澤さん。しかしはじめて配属された雑誌「Begin」が、今日に至るまで20年以上、歴史やルーツを重んじるメンズファッション誌の主流で活動を続けることになる編集者としての出発点になった。

「はじめて配属された雑誌『Begin』が深堀り魂のかたまりのような雑誌。取材したり調べたりしているうち、洋服のステッチやファスナーのパーツなどもミリ単位でつくりが異なっていて、そのデザイナーや作り手さんに会いにいくとさらにどういったこだわりがこのパーツに活かされているのかなどもわかってくる。もともと深掘り気質ということもあるかもしれませんが、どんどん知りたいことが増えていって、以来ずっとこの畑にいるという感じです」

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雑誌「MEN'S EX」の編集部のある、世界文化社グループ(株)Beginのオフィスからもほど近く、展示会移動や誌面のファッション撮影でもよく訪れることもあるという丸の内の街道を歩きながら、建築物のディテールや、ちょっとした小道も目ざとく発見しては足を運ぶ。ファッションブランドの展示会や取材撮影など、日本各地や海外への出張も多いが、多忙なスケジュールに追われるときほど、大事にしているのは編集者としての嗅覚だ。

「職業柄、気になるものは見に行かずにはいられない性分。常に直感的なものは大事にしています。ちょっとした小道でも気になるところがあったらまずは足を運んでみる。特に海外でも訪れたことのない土地だと、はじめはひとりで行ってみることへの不安もあるんですけれど、そこを越えてみると、想像できない奥深い世界が広がっていたりするんです。今日着てきたシャツも、イタリア・ナポリの見るからに怪しい路地裏にあったシャツ屋さんでオーダーして作ってもらったもの。たどり着くまで、地図を見ながらも本当にここ大丈夫かなと思いながらも、あまり知られていないような、わからない道を選んだりして歩くようにしています。取材先や出張先でも実際にその土地を訪れるほどに、気になる場所や足を運んでみたいところはどんどん増えていくんですね。疲れていて帰ろうか迷ったときも、なるべく積極的に足を運ぶと新たな人と出会えたり、面白いものを見つけたりする。歩くことはよくばりの特権みたいなところがあるかなと思っています」

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パーソナリティを重んじる
イタリアのテイラーとの出会い

展示会やブランドへの取材で訪れるようになった国の中でも、特に思い入れがあるというイタリアは、歩くたびにローマ帝国時代から引き継がれる文化遺産や彫刻が街の至るところにあり、新旧の文化が交わる光景はどこか東京駅周辺の街並みと重なるところがあるのだそうだ。特に惹かれるのは、歴史とともにある時間の流れと、流行に左右されない、パーソナルなものづくりへの姿勢だ。

「日本だと1分1秒でも遅刻できない雰囲気がありますが、イタリアで待ち合わせ時間に遅れると、『まずはコーヒー1杯どう?』というトークからコミュニケーションが始まります。おおらかな人が多く会えば立ち話が始まるので、いろいろなところで人が集まって会話が生まれるんですね。服をオーダーしてみても、あまり細かいことを気にせず感覚的なところがあるのですが、それが自然体でかっこいい。職人のおじいちゃんが1枚1枚手縫いで作ってくれるようなシャツにも、その人の生き方が服に表れているようなところがあって、人間味というのかな、ステッチが全部均一ではないのですが、味があるんです。そうした職人のおじいちゃんがジャケットを作っているのを見ていて、それに憧れた子供たちや孫が、小学生くらいの頃からジャケットを着る。そしてこういうシチュエーションの一夜にはこのスーツを着よう、というTPOも文化の中で自然に身についていく。文化の継承が自然に行われているのだと思います」

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“Be spoken”
会話が織り成す一着の醍醐味

本格的なイタリアンが提供される料理店「イータリー」に移動してお話を伺う。本国から仕入れた食材の量り売りもされている店舗は、日頃からの平澤さんの行きつけで、銀座で一息つきたいときにはつい寄ってしまうのだとか。

細やかにオーダーしたり、自らカスタマイズして食材を選べる料理店のサービス然りだが、気の利いた縫製や技巧を凝らしたステッチ、ボタンのディテールなどこだわり抜かれた作りはもちろんのこと、洋服を生地からオーダーする一番の醍醐味は「作り手」とのやりとりにある。

「身に纏うものや持ち物に愛着や親しみが湧くのには、やはり作り手の存在が大きいと感じています。オーダースーツの用語に、既製品を表す『レディーメイド(ready made)』に対して『ビスポーク(Bespoke)』という言葉がありますが、元は『be-spoken』から派生したもの。『話しながら作る』というのが、オーダースーツの醍醐味なんですね。服をオーダーするとき、サイズがどうこうという採寸のやりとりはほんの5分から10分くらい。実はそれ以外の雑談や世間話が大切で、そうしたコミュニケーションから作る側もお客さんのパーソナリティを把握するんですね。オーダーを通じて作り手と仲良くなって一緒にご飯に行くという人もいるそうですが、そうしたコミュニケーションがすべて服作りにも活きてくるのかなと」

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“第二の皮膚”を纏う。
快適に過ごすための美学

身に纏う洋服はTPOに応じて選ぶ。その上でオーダーメイドの洋服を、というとどこかハードルを感じてしまいがちだが、平澤さんにとって身に纏うアイテムを選ぶ上で大切にしているのはどのような点なのだろう。

「服は自分のモチベーションを高めてくれるためのものでもあると思うのですが、最も大事なのはいかに快適に過ごせるかどうか。洋服も靴も、身につけるものはそれに尽きます。ジャケットも腕周りなど少しでも引っかかるところとかがあると、それが負担になってしまう。本当に着心地の良いジャケットのことを、イタリアではよく『第二の皮膚』と表現したりするのですが、今日着ているシャツも、生地から選んで、自分の肩の形に合わせてビスポークしているので、着ていることを忘れてしまうくらいフィットしていますね」

「昨今の日本のファッションシーンはどんどんラフでカジュアルになってきていて、スーツやジャケットというと、どうしても窮屈なものと思われがち。ですがいざ自分のものになったら、これほど快適なものはないと思います。既製のものだと、首回りや肩幅の微調整が難しいのですが、たとえばふだん時計を身に着ける人であれば、袖からチラッと時計が覗く黄金バランスを計算して、片側だけ時計の位置とサイズに合わせて、ミリ単位で袖を広くしたりするんです。そうした細かな美学が自然な佇まいや振る舞いに現れてくる。それをもっといろいろな人に気がついてほしいという気持ちはありますね」

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出会い方も含めて記憶に刻む。
ファッションを通じた文化の継承

シーズンごと流行の移り変わりの激しいファッション業界に身を置きながら、トレンドを追いかけ発信してきたファッション雑誌の潮流を見てきた平澤さんが、今あらためて雑誌を通じて伝えていきたいものがある。

「良いものは良いし、かっこいいものはかっこいい。それが世代を超えて引き継がれていくということがとても大事なことだと感じています。誌面の特集を組む上でも本当に残したいものは何だろうと。さまざまな場所への取材を通じて思うのは、国籍を問わず日本だけでも各地に、布地が作られる前の紡績技術や縫製技術、染色技術など、公に知られていない素晴らしい工場や職人さんがたくさんいるということ。後継者不足で閉業するところも増えていると聞きますが、そこでしかできない技術を持った場所が各地にあるので、日頃からチェックして、できるだけ足を運ぶようにしていきたいと思っています」

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憧れるのは、今までの生き様が服にも現れているような、自分の好きなものを好きなだけずっと着るような大人なのだそう。唯一無二の洋服や作り手に出会うために、そしてそれを着こなす大人になるべく、平澤さんの歩みは続いていく。

「若い頃は先輩に憧れて背伸びして買った服で、いまいち似合ってないと思っていたけれど、10年経って鏡を見たら結構いいじゃないかって思えるようになる服ってあるんですよね。ずっと長く持っていることで、自分の成長を待っていてくれるようなもの。手入れをしたり、素材を育てたりしながら、どれだけ愛着を持っていられるのか。それは海外で一生懸命探して、ちょっと怖い思いをしながら買った何かかもしれないし、オーダーして作ってもらったものかもしれない。そんな出会いも成長の過程も記憶として刻みながら、生き様が洋服に現れるようなスーツの似合う大人になりたいですね」

【取材協力】
EATALY(イータリー)銀座店
〒104-0061 東京都中央区銀座6丁目10-1 GINZA SIX 6F
TEL:03-6280-6581
Web:https://www.eataly.co.jp/stores/eataly-ginza

Photo:Sogen Takahashi
Edit+Text:Moe Nishiyama