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People 2023.05.26

人の数だけ、違った歩き方がある。
人の数だけ、歩く理由がある。
WALKS - 冨永愛 編 -

PROFILE

15歳でモデルデビュー、17歳でNYコレクションにてデビューし、一躍話題となる。以後、世界の第一線でトップモデルとして活躍し、25周年を迎えた。モデルの他、テレビ、ラジオ、イベントのパーソナリティ、俳優など様々な分野にも精力的に挑戦。今年はNHKドラマ「大奥」の吉宗役で好評をえた。日本人として唯一無二のキャリアを持つスーパーモデルとして、チャリティ・社会貢献活動や日本の伝統文化を国内外に伝える活動など、その活躍の場をクリエイティブに広げている。公益財団法人ジョイセフ アンバサダー、エシカルライフスタイルSDGs アンバサダー(消費者庁)、ITOCHU SDGs STUDIO エバンジェリスト。

はじめて立つことを覚えた瞬間。無意識に一歩踏み出す。呼吸するように当たり前に「歩く」ことを覚えたのは、いつのことだっただろう。フィールドを超え、自らの道を切り拓く人たちが「歩く」ことで出逢う感覚や景色を探る本連載。第9回目でお話を伺うのは10代からトップモデルとして世界各国で活躍し、他にない存在感と美しさでファッション業界を魅了してきた冨永愛さん。誰かに教えられた模範解答ではない、独自の道を切り拓くように歩みを重ねて25年。冨永さんがこれから先に見据えられている景色について、お話を伺う。

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服に命を吹き込む。
ランウェイは“ひとりの人生”

凛としたまなざしの先。すっと差し出されたその足取りに迷いはない。手足の指先まで意識を研ぎ澄ますように、無駄のない優雅な身体の動きとともに、洋服の布地が軽やかに空気を含み、しなやかに動く。数多の洋服を纏いどんな姿形でも軽やかに着こなしてしまう。トップモデルとして数々のランウェイの舞台を踏んできた冨永さんにとって「歩く」ことはどんな意味をもつのか。

「モデルは言葉を発することなく、身体全身で表現をするお仕事です。『ランウェイ』がなんであるのかということはずっと追求していることなのですが、私たちは服を着ることが仕事であり、服自体はデザイナーさんのエネルギーが宿ったもの。トップモデルの役割は、そこに命を吹き込むということだと思うんですね。その服の人生、服を纏った自分自身の人生を歩いている。『ランウェイ』はひとりの人生のように、ひとりの人が歩む道であると、よく思うことがあります」

「洋服の裾まで神経が通っているような感覚。歩くときは髪の毛の先、指先からつま先まで全身を意識しています。洋服も身体の一部であるという感覚でいないと、(洋服が)動いてくれないんです。トップモデルとは、なんでしょう。その問いを追い求めているというか、答えはあるようでないと思います。なにができればトップモデルなのかという答えもないと思うのですが、モデルの仕事はどんな服でも着こなさなくてはいけない仕事。山口小夜子さんが『モデルはカメレオンでなくてはいけない』という言葉を残しているのですが、そのとおりだと思いますし、『着る』という行為は服だけではなく、世界観も纏うことができる行為だと感じています」

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エネルギーのバランスをとる。
「ニュートラル」でいるということ

世界観を、身のこなしひとつで体現する。新たに生み出される価値観、背景やストーリーが存在するファッションブランドそれぞれの個性を体現する一方で、その世界観に打ち消されることなく、「冨永愛」という明確なアイデンティティー、薄れることのない存在感が人を圧倒し、魅了する。ブランドとモデル、ふたつの存在が共鳴するように、強い個としてオリジナルであり続けるために意識していることはあるのだろうか。

「ケミストリー(化学反応や相乗効果)というのは、どちらか一方が強くどちらかが弱いということではなく、よい塩梅で合体することで、見ている人の心を動かす状態だと思うんですね。私がいつも大事にしていることは『ニュートラル』でいること。車のエンジンでも『ニュートラル』がありますが、押すこともできるし引くこともできる。止まっているわけでもなく、どこへでも動ける。そういったエネルギーのバランスを意識しています」

「ランウェイもファッションシューティングも、毎回、その時々で関わる人たちが異なりますし、カメラマンやヘアメイクも事前にテストするわけでもなく、現場ですべてが決まっていきます。そのときにフレキシブルでいられる自分、どんな自分にでもなれるフレキシブルな状態を『ニュートラル』だととらえていて、いかようにも対応できる状態を大事にしていますね」

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心と身体の状態を知るために
感覚をはたらかせる

「ニュートラル」というポジションに自分自身を置くということ。ニューヨーク、パリ、ミラノ、東京……ファッションウィークをはじめ目まぐるしく世界を飛び回り、その環境やクリエイティブチームが変動するトップモデルのお仕事において、自ら「ニュートラル」であり続けることは容易ではないはずだ。どのようにその状態を保つのか。日頃から心がけていることはあるのだろうか。

「エネルギーの話ですからね。意識しているのは自分のもっているエネルギーのバランスをどう『ニュートラル』にするかということです。それはふだんの生活のなかにある、食事やトレーニング、人や家族との関係性……心のバランスは身体の状態と影響しあっているので、すべてが大事だと感じています。これから30代から40代になればホルモンのバランスも変わってきますし年齢によって身体も変化していくなか、どう対応していくことができるのか。常にその方法を探っています」

「とくにお休みがあるとキャンプなど自然の中に身を置いたり公園を散歩したりして、自然との関わりを大切にするようにしています。風や香り、光、自然を『感じる』ということ。自分の五感もニュートラルな状態に保てるように。それが私にとってのバランスの取り方なのかもしれません。自然のエネルギーってすごいですよね。リリース(放すこと)もできるし得ることもできる。日々体の状態をチェックするためにも、五感を動かす練習ではないですが、感覚をはたらかせるようにしています」

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演じるということ。
多様な引き出しにアクセスする

俳優としても第一線で活動する。「演じる」という行為は自分ではない他者の人格を表現すること、とも言い換えることができるが、ファッション業界において、そのブランドの世界観を体現することと、どこか通じるところはあるのだろうか。江戸時代を舞台に男女が逆転して描かれたNHKドラマ10「大奥」では、八代将軍・徳川吉宗を演じた。時代を超えた人物を演じるということにどのように向き合っていたのか。

「モデルと俳優とは全く異なるマインドセットで臨んでいます。ただ、モデルの仕事で意識しているのは、自分の中にある多様な『引き出し』をいかに開けていくかということ。『引き出し』というのは、みんなもっているもの。わかりやすい例をあげると『可愛い』と言われる人でも、『かっこいい』側面ももっていますよね。誰もがもっているはずの引き出しを自由自在に開けられるようにしておく。俳優のお仕事はまだわからないことだらけですけれど、『演じる』ということも自分の中にある引き出しを開けていくことと関係しているなのではないかなと感じています」

「座布団のことを『お褥(おしとね)』というのですが、呼び方をはじめ厚さがなぜこの厚さなのか、すべてに理由があるんですね。時代によって日常の服装も異なりますし、なぜこれがここにあるのか。なぜ必要なのか。どういった所作なのか。ひとつひとつに理由があり、気が付かぬうちに、そうしたことは現代を生きる私たちのDNAにも組み込まれているのではないかと思います。もともと日本の歴史を知ることがとても好きなので、吉宗の役を演じることはとても楽しかったですね」

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自らのルーツを知ることが
アイデンティティーにつながる

使う道具や住居が異なるように、時代や空間が変われば動き方や所作、コミュニケーション、あらゆるものの形式も変容する。紀州の藩主だった徳川吉宗を演じるにあたり、その故郷である和歌山県を訪れたという冨永さんは、歴史を知ることは自分のアイデンティティーを知ることにもつながっていくと話す。47都道府県、自ら足を運ぶようにしているのには理由がある。

「最初にモデルのお仕事で世界に出たときは、日本人なんて、と思っていた時期もあるんです。けれど一度離れてみて外から日本という国を見たとき、もう一度好きになれた。良い側面も悪い側面も含め、海外の人たちが自分たちの国の人たちをどう見ているのか、考えているのかということも知ることができました。今は47都道府県ですが昔はひとつひとつが藩として小さな国だったわけですよね。食事も風土も異なるせいか、人の気質も土地ごとに変わるので本当に面白いなと。歩くと感じられることもたくさんありますよね」

「時代でいうと、私はとくに世界でも最古の文明のひとつといわれている縄文時代が好きなんです。縄文文明だけ、人と戦うということをしていなかった。人と戦うための武器は作っていなかったんですよね。だからとても平和だった。そんな平和であたたかな文明をもっていたということ自体、驚くべきことですし、アーティスティックだなと思いますね。自分たちのルーツを知ることでそこに誇りを持てた方が、よりポジティブに生きていけると感じています」

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世界観を纏う。身体全身で表現する
トップモデルであり続けるために

自分では体験し得ない時間の流れに目を向けながら、自身の心身にストイックに向き合う。トップモデルであること、俳優であることよりも前に「冨永愛」という名前を聞けば、誰もがその深くまっすぐなまなざしと、堂々と、自らの道を進む姿を思い浮かべるだろう。世界のトップブランドから求められる存在である一方、「冨永愛」という世界観や価値観、新たなスタイルを生み出してきた。冨永さんにとって「歩き続ける」とはどういう意味があるのだろう。その視線の先に、どのような景色を見据えているのか。

「夢というか目標、これから挑戦したいことはなんですか?とよく聞かれるのですが、私の最大の挑戦はモデルで居続けることなんです。もちろん今は多様性が重視されている時代。モデルもアスリートのように10代、20代でないと活躍できないという時代もありましたが、今はそうではないので、時代に助けられているというところはあるのですが、やはりモデルで居続けるということは『見たい』と思われていないといけない。『写真を撮りたい』と思われていないといけない。そうした存在でいるということ自体がとても大変なことだろうなと感じています。モデルの活動を始めて25年になりますが、今こうして活動させてもらっていることはとてもありがたいことですし、奇跡に近いのではないかなと自分でも思いながらモデルという仕事を続けていきたいですね」

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ダイヤモンドのように。
「答え」は自分の内にしかない

確固とした軸をもつ冨永さんの姿に、ファッション業界というフィールドを超えて、憧れを抱く人は数多くいるはずだ。インターネットを見渡せば憧れの対象があふれている今日、自らの軸をもつことは容易ではなくなってきているようにも思う。冨永さんが自らの「軸」をもつために意識していることはあるのだろうか。そして活動の根源にあるエネルギー、原動力はどこからくるものなのか。

「『努力』という言葉が私はあまり好きではないのですが、自分の『軸』は自分でつくっていくものであり、自分にしかつくれないものなのではないでしょうか。他人(ひと)の話を聞いてどう言われたか、他人はどうということではなく、自分が苦労して辛い思いをして、その後に少しだけ良い思いができる。そうしたアップダウンを経験しながら、自分で自分を磨いていくという過程がないと『軸』ってできていかないと思うんです。だからこそ、不安に思う必要もないのだと思います。時間の経過とともに自然と結晶ができる、ダイヤモンドのようなものなのではないかと」

「それが若い頃からできている人もいますし、年齢を重ねてからできていく人もいます。『個性を大事に』『個性を磨くには』などといわれる時代ですが、そうして生まれた『軸』が結果として誰かと似ているように見えても、自分自身であることに変わりはない。自分自身を見つめて磨いていく過程が何より大事なのだと思います」

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「もともと持ち合わせているものと、外部からの影響を受けて湧いてくるものと、エネルギーの形にはふたつあると思います。私自身のエネルギーの源はやはり家族です。今は息子がいますけれど、自分を産んでくれた両親。自分のアイデンティティーと同じで、エネルギーは基本的には自分の中にあるものなんですよね。ろうそくの炎ではないですけれど、それを小さくするのも大きくするのも自分次第。そのためにも自身を見つめて探究していかないといけないと感じています。答えは自分にしかない。他人(ひと)にはないですから」

その言葉ひとつひとつ、飾り立てることなく自らの言葉で語る冨永さんの深く透き通ったまなざしに、彼女の生き方そのものが写っているように感じた。迷いがないのではない。その確かな足取りは、誰よりも繊細に丁寧に周りの環境や変化を観察し、自らの感覚にストイックなまでに向き合い続けてきたからこそ、あらわれた結晶のようなものなのかもしれない。己に問い続けること。向き合い続けること。そしてその軸を保ちながらしなやかに変容できる個を常に新陳代謝させていくこと。変化し続けることは容易なことではない。しかし、覚悟を決めるように新たな一歩を踏み出し続ける。凛とした姿勢、颯爽と歩むその先に、今はまだなき新たな地平が築かれていく。

Stylist:SOHEI(SIGNO)
Hair&Make-up:Mio(SIGNO)
Photo:Hiromitsu
Edit+Text:Moe Nishiyama

衣装:コート・シャツ・ショートパンツ/すべてPlan C (株式会社パラグラフ)
ソックス・シューズ/スタイリスト私物
撮影協力:世田谷美術館、セタビカフェ(株式会社 世田谷サービス公社)