人の数だけ、違った歩き方がある。<br>人の数だけ、歩く理由がある。<br>WALKS – 森山未來・番外編/レポート2 –

WALKS EXTRA EDITON

DANCE BOX REPORT #02

People 2022.02.18


DANCE BOX REPORT #02

人の数だけ、違った歩き方がある。
人の数だけ、歩く理由がある。
WALKS -森山未來・番外編/レポート2-

あらゆるフィールドを超え、「歩く」ことから出逢う感覚を探る本連載。番外編では、土地のリサーチや考察から身体表現を生み出す森山未來さんが、振付家として携わるNPO法人DANCE BOXとの取り組み「国内ダンス留学@神戸7期」プログラムを追いかけてきた。アシックス創業の地でもある兵庫県神戸市・長田区を舞台に、6名のダンサーが8つの土地を身体の表現に立ち上げる「Newcomer/Showcase#3 森山未來×国内ダンス留学7期生『Re:Incarnation in Nagata』」。約5カ月間のフィールドワークを経て、商店街を舞台にどのようなパフォーマンスが行われたのか。2022年1月21日と22日の2日間にわたり、観客自ら「歩く」ことを通じて上演された舞台をレポートする。

第1回目の記事はこちら:
人の数だけ、違った歩き方がある。人の数だけ、歩く理由がある。
WALKS -森山未來編-


人の数だけ、違った歩き方がある。<br>人の数だけ、歩く理由がある。<br>WALKS – 森山未來・番外編/レポート2 –

Headwaters of Karumo river 苅藻川源流/アスタくにづか3-4番館 2階連絡通路:「長田」という地名は「長くひらけた田んぼ」に由来する。河川工事で湊川を苅藻川に接続したため、そこから南は「新湊川」に変わってしまった。本来は「苅藻川(上流の呼び名は「桧川」)」であった。この川の源こそが長田に人々が住み始めた理由と考えられる。

街灯の灯り始める夕暮れ時。家電量販店から喫茶店、文具店や衣料品店が所狭しと並ぶ通りを、人々が足早に行き交う。大正筋商店街の通りを進み、事前に伝えられていた集合場所「ダンスボックス/ArtTheater dB KOBE」のある建物、アスタくにづか4番館に向かった。建物入口で手渡されたのは、1枚の地図。長田区、兵庫区、須磨区にわたる縮図が描かれ、舞台となる8カ所の地名「苅藻川源流」「須磨寺」「天神山」「会下山」「高取山」「長田神社」「和田岬」「駒ヶ林」が、大正筋商店街とアスタくにづか3-6番館に重なるように記されている。地図の説明書きから、6名のダンサーが8つのポイントを巡回するらしいことが読み取れたが、果たしてどこから始まり、どれくらいの時間、どのようなルートを辿るのか、詳しい情報が書かれていない。ひとつ確かなのは、私たち観客が自ら歩かなければ、パフォーマンスを見ることはできないということ。地図と呼ぶのには心許ない1枚の紙を手に、緊張しながら公演の開始を待った。

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時計の針が18時30分を指す頃、商店街の街灯が「バチン」と音を立て一斉に消灯した。どこからともなく黒装束に身を包む6名のダンサーが現れる。目深に被ったフードで表情はあまりよく見えない。呆気に取られている間にもダンサーは歩を進め、ある地点に着くとパッと6つの方向に分散した。観客もいずれかの道を選ばなければいけない。見失わぬよう、こちらも歩を早める。通りには、波が砕ける岬の音、風の吹き抜ける音、山の下に通された空洞の音……フィールドレコーディングで採取されてきたさまざまな音が鳴り響いている。つい先ほどまで歩いてきたはずの商店街が、全く別の土地のようだ。

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地図上で「長田神社」と記された大正筋商店街の横断歩道の前まで来ると、暗闇の中、スポットライトに照らしだされた1点で、ダンサーのひとりがぴたりと立ち止まる。右足と左足を伝って地面から何かを感じ取るかのように身体全体が振動し、突然、強い重力に引き寄せられるかのようにパッと地面にうつ伏せになる。一瞬動きを止めた後スッと立ち上がると、何事もなかったかのようにまた別の方向へと歩いていく。

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Takatori mountain 高取山/アスタくにづか4番館 2階南側:「昔から地元の人たちに親しまれている「高取山」。お椀のように整った丸いこの山は、神功皇后が撫でたことより「神撫山」の古名をもつ。またさまざまな民話や説話が多い。遠い過去から多くの人から神聖視される象徴的な存在だったことがうかがえる。

大通りを脇に外れ「須磨寺」と地図に記されたアスタくにづか6番館北棟、二葉地域福祉センター屋上円形部分に向け、ダンサーの後ろを大勢の観客が追いかけるように階段を登っていく。同じ頃、通りを挟んだ斜め向かい、「会下山」と記されたアスタくにづか3番館の道路沿いに足を運ぶと、工事現場の横、わずかな電飾の光に照らされた場所でダンスが始まる。建物の非常階段を登り「高取山」と記されたアスタくにづか3-4番館を繋ぐ2階の連絡通路に向かうと、偶然タイミングの重なった2名のダンサーがゆっくりと身体を動かし始める。目印となる文字や標識、案内板は何ひとつない商店街では、自らの歩を信じるしかない。そしてダンサーが立ち止まり、身体が動き出すことで、そこが地図上で記された8つの内のいずれかの土地であり、舞台であることがわかる。2階から1階の商店街を見下ろすと、入れ替わり立ち替わりダンサーと観客、商店街を行き交う人々が歩き続けることで絶えず交わる様子に、土地そのものが蠢いているような錯覚を覚えた。

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Nagata shrine 長田神社/大正筋商店街:創建201年、高取山の南東麓に鎮座する。生田神社(三宮)、廣田神社(西宮)とともに、神功皇后以来の1800年をこえる歴史を持つ名社。

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Ege mountain 会下山/アスタくにづか3番館 南側道路沿い:兵庫区もかつては長田エリアだったと記されている。会下山からは石器時代の刃物が発掘されていることもあり、太古の昔から人類が住み着いていたと推定される。この山の下に、日本最古の河川トンネルでもある「湊川隧道」を走らせ、湊川は長田神社近くの苅藻川に接続されることになった。

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Suma temple 須磨寺/二葉地域福祉センター屋上円形部分:現在の須磨区のあたりは、かつては長田エリアだったと記される。「すま」の語源は「すみ」がなまったもの。摂津もしくは長田の終わりの地。

6名のダンサーが再びスタート地点、アスタくにづか4番館に戻って来たのは45分後のこと。その後全8つの土地が「ArtTheater dB KOBE」の舞台で、再び45分のパフォーマンスとして立ち上げられた。公演当日、行き交うダンサーたちのパフォーマンスを見守っていた森山さん。今回試みたのは、京都・清水寺を舞台にした作品『Re:Incarnation』での経験を長田の土地に応用すること。考えの根底にあったのは清水寺の執事補・大西英玄さんの話していた言葉だ。

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「『パワースポットと言われる場所を訪れてパワーがもらえるかということよりも、大事なのは個々人がそこで何に出会ったのか。その人にとって意味があれば、どんな場所でも聖地になり得る』と。『Re:Incarnation』は京都のために作ったというよりも、その土地だから作ることができたという感覚が強かった。長田という土地にも応用できて当然なのではないか、と考えたところがスタート地点でした。『長田』という地名は『長くひらけた田んぼ』に由来しています。土地の話になると、長田は阪神淡路大震災や源平合戦が取り上げられることが多いですが、もっと大元に、なぜそもそもこの土地に、人間が棲むようになったのだろうということについて考えたいと思いました。最終のパフォーマンスが行われるダンスボックスと合わせて9つの場所として考えていく際に軸に据えていたのが『九相図』という仏教絵画。死体が朽ちていく経過が九段階にわけて描かれた絵画ですが、人の身体がどのように土地に還元されて行き、土地はどのように現象として身体に立ち上がるのか。文献を通じて調べることやフィールドワークに加えて、ダンサーのみなさん一人ひとりと言葉を交わす中で出てきた表現を織り交ぜながら、ここ、という土地を決めていきました。その土地をどう知覚し、どう信頼を寄せていくのか。その対話の積み重ねでこの舞台があると思います」(森山未來)

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一人ひとりのダンサーがその土地を歩き、土地の記憶を身体で読み直す試みの集大成。国内ダンス留学@神戸7期生の秋田乃梨子さん、石山樹野さん、川崎萌々子さん、楠田東輝さん、久保亜樹子さん、小松菜々子さんは文献を通じた歴史的・物理的なリサーチに加え、フィールドワークから舞台となる場所を探し、実際に長田で生活しながら表現に向き合ってきた。アシックスウォーキングも足元からサポートしていたリサーチ期間、靴をあっという間に履き潰してしまったという話さえ聞いた。終演後、30分間にわたるトーク。フィールドワークに、はじめは戸惑うこともあったという6名。森山さんとマンツーマンで対話を重ねてきたプロセスについて、各々の言葉で語られた。

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「全員で海に足を運び、その場で感じたものを踊るというリサーチをした時、心は動いていても、身体表現まで行きつかないという状況に直面しました。言葉のコミュニケーションでも上手く未來さんに伝えられず、どんどん置いて行かれていく。でもマンツーマンになった時、未來さんの身体を通して対話するような、言葉では追いつくことができなかったことが、踊りを通してわかる気がしたのを覚えています。未來さんの身体が発するエネルギーや方向性を受け取って、振り付けを理解できた時、初めて会話することができたように感じました」(秋田乃梨子)

「自分のエモーショナルな部分を表現に落とし込んでいくことでも、自分を消す、ということでもないと未來さんに言われた時、ただそこにある土地を透かしてみている感覚を初めて覚えました。自分を媒介として、どういう景色が見えるのだろうということが身体表現の原動力にもなっていたように思います」(石山樹野)

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「未來さんは一人ひとりに向き合うとき、どういう言葉、動きを使って伝えれば良いか、お互いの共通言語を探りながら、その人に適したエネルギーの増幅のさせ方、その人をどうしたらひきだせるかを考えられていると感じていました。僕は演劇をしていることもあり言葉に頼りがちなのですが、実は身体は言葉よりも雄弁なのではないかと思う瞬間がある。言葉にすると減少してしまうエネルギーや豊かさ、偶然性や可能性を身体で感じていて。そういったいろいろな景色を、身体を通じてもっと見てみたいと思います」(楠田東輝)

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「現象」が立ち現れ、次の瞬間にはふっと消えていく。6名のダンサーの身体が表していたのは、絶えず循環し続ける、目には見えない「景色」と、土地に宿っているエネルギーだったように思う。1800年以上も前から人が棲み続けるとされている「長田」で、歴史が続いているということはどういうことなのだろうか。大正筋商店街やアスタくにづか1-6番館に関わる多くの人たちの協力で成り立っていた2日に及ぶ公演。そこにいるすべての人たちが「歩く」ことを通じてその土地本来の姿が取り戻されていくようにも感じた。

「本来そこには何かあったはずなのに、今では産業化による工場用地になってしまい跡形もない、ノイズが溢れて雰囲気すら感じることもできない場所が多くあります。ですが歩くこと、リサーチをしていくことや対話を通して、本来長田がどういう土地だったのか、また全く異なるレイヤーで捉えることができる。地形や空間も変わって見えてくることが面白いと感じています。土地との対話。人間同士が関わりながら作品を作り上げていくことを通じて、どのように作品が生まれていくのか。未だに手探りで、模索中です」(森山未來)

Newcomer/Showcase#3 森山未來×国内ダンス留学7期生 
『Re: Incarnation in Nagata』

日程:2022年1月21日(金)、22日(土)
時間:18:30-20:30
会場:大正筋商店街、アスタくにづか1-6番館、ArtTheater dB KOBE
詳細:https://dancebox.studio.site/events-details/newcomer3
振付・演出・構成:森山未來
共同振付・出演:秋田乃梨子、石山樹野、川崎萌々子、楠田東輝、久保亜樹子、小松菜々子

音楽:nouseskou
衣装:sulvam、ASICS WALKING
衣装協力:宮崎雅也(Mukta)、川上瞳

舞台:小林勇陽、福田有司
照明:三浦あさ子、森田智子、茂木紀恵、青山愛、野村洋子
音響:和田真也
宣伝美術:升田学(アートーン)
記録撮影:岩本順平(DOR)

運営スタッフ:大谷燠、文、横堀ふみ、田中幸恵、新家綾、飯川恭子、内田結花、高木晴香

協力:大正筋商店街、株式会社くにづか、新長田まちづくり株式会社、sulvam、Mukta、ASICS WALKING、amana inc.、WAGOMU Climbing Gym、丸山プロジェクト 上野天陽、長田神社、神戸水天宮、神戸アーカイブ写真館、駒ヶ林浦漁会、スタジオ・長田教坊、r3(アールサン)、はっぴーの家ろっけん、医療法人社団十善会野瀬病院、NPO法人芸法、DOR、長田区、ボランティアスタッフの皆様

主催 : 文化庁、NPO法人 DANCE BOX
企画・制作:NPO法人 DANCE BOX
後援:(公財)神戸市民文化振興財団

文化庁委託事業「令和3年度次代の文化を創造する新進芸術家育成事業」国内ダンス留学@神戸7期⁺

Text+Edit_Moe Nishiyama
Photo_Atsushi Kawashima