人の数だけ、違った歩き方がある。<br>  人の数だけ、歩く理由がある。<br>  WALKS-大皿彩子編- 人の数だけ、違った歩き方がある。<br>  人の数だけ、歩く理由がある。<br>  WALKS-大皿彩子編-

People 2021.12.23

人の数だけ、違った歩き方がある。
人の数だけ、歩く理由がある。
WALKS-大皿彩子編-

PROFILE

大皿彩子
(株)さいころ食堂 代表 / Alaska zwei 店主 広告業の会社員を経て、2012年(株)さいころ食堂を設立。 Veganを含む “おいしい企画”のプランナーとして、企業パートナーとともに、飲食店プロ デュース、食に関わる空間づくり、イベント企画・運営、レシピ開発などを 行う。 2017年からVegan cafe「Alaska zwei」、2020年5月 Vegan bakery 「Universal Bakery & Cafe」を開業。3店舗目となる 「Universal Bakes Nicome」を2021年12月15日にオープン。

はじめて立つことを覚えた瞬間。無意識に一歩踏み出す。呼吸するように当たり前に「歩く」ことを覚えたのは、いつのことだっただろう。フィールドを超え、自らの道を切り拓く人たちが「歩く」ことで出逢う感覚や景色を探る本連載。第3回目は「Alaska zwei」と「Universal Bakes and Cafe」のオーナーであり、フードブランドのプロデュースからレシピ企画、空間・イベントコーディネートまで手がけるフードプランナー・大皿彩子さんに話を伺う。

多くの人に伝わる言語を求めて

焼き立てのパンの香りが、冬の朝陽が差し込む窓の向こうから漂ってくる。ランニングがてら犬を散歩する人や足早に通勤する人、子供を後ろに乗せて自転車を走らせる人も、歩を緩めて、こんにちはと声をかけていく。開店後間もない朝10時。すでに店内は常連さんで賑わい始めて、キッチンの音、パンが焼き上がる音、談笑する声……外にまで活気が伝わってくる。昨年5月にオープンしたばかりの世田谷代田の街のパン屋さん「Universal Bakes and Cafe(ユニバーサルベイクスアンドカフェ)」と、開業から5年を迎えた中目黒のカフェ「Alaska zwei(アラスカツヴァイ)」。2つの店舗を繋いでいたのは、決して平坦な道のりではなかった。2020年3月。コロナ禍による緊急事態宣言が発令された直後、大皿さんがほとんど毎日歩き続けたという、2店を繋ぐ通り道。先導してもらいながら、活動の原点からお話を伺った。

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広告代理店出身。子供の頃から自分の考えたことで人を驚かせたり喜んでもらうことが好きで、志していた広告の仕事を始めて7年。今も原動力の根底にあるのは、広告代理店を辞める転機になったサッカーW杯。CSR活動で目にしたガーナとカメルーンの光景だ。

「ガーナやカメルーンの子供たちってみんなサッカー選手になりたいというんです。布を丸めたらサッカーができるので、彼らにとってサッカーは身近なスポーツ。一方テレビの普及率は当時30%程度で、みんな芝生のサッカーを見たことがない。そこで太陽光発電機と蓄電機を持って村の中央で中継を繋ぎ、子供たちにW杯を見てもらおうという仕事でした。夜、試合開始の10分前。パッとスクリーンに映った芝生の反射光で、300人くらい集まっていた子供たちの顔が照らされて。子供たちがワッと身を乗り出して、目がキラキラキラッとした瞬間、私自身ブルっと震えました。彼らの言葉や生活は、一度をその土地を訪れただけではもちろんわかりません。でもサッカーを通じて、私たちが伝えたかったことが伝わったと感じた瞬間でした。この試合は強豪国に対して先制点を取り、その瞬間、子供たちが喜びを爆発させて、見たこともないダンスを踊り始めた。喜びのあまり回線を誰かが切ってしまい、中継は終わりました。でもこの体験をその子たちはきっと忘れない。こんな世界になったらいいなと思うことを、できるだけ多くの人に伝えていきたい。そこでサッカーと同じくらい汎用性のある言語ってなんだろうと考えて、音楽か食べ物かな…と。音楽は右と左で別のリズムを刻めないくらい苦手。食べ物なら、食べることも大好きで作る人に対してとても大きなリスペクトを持っている。広告業界で培った経験も生かせるもしれないとスタート地点に立ちました。伝えたいことがたとえ感覚的なことでも、人に伝える時は伝わる言語にしないと通じない。その変換作業。今でもみんなに伝わる言葉を探している感覚があります」

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美味しいの最大公約数を作りたい

誰にでも伝わる共通言語を求めて。今から約9年前、食の企画会社『さいころ食堂』を立ち上げ、その5年後に「Alaska zwei」をオープン。365日、毎朝仕入れた食材でメニューが変わり、当時まだ日本でそれほど普及していなかった100%ヴィーガンを掲げてスタートした。去年の5月新たに開店した「Universal Bakes and Cafe」に並ぶあんパンやメロンパン、クロワッサンなどさまざまな種類のパンも、乳製品や卵を一切使用しない100%ヴィーガン。特筆すべき点は、大皿さんもお店のスタッフもほぼ全員、ヴィーガンではないということだ。それなのになぜ、“100%ヴィーガン”にこだわるのか。

「当時、ヴィーガンは自分とは関係ない世界の話だと思っていたんです。いわゆる宗教上の理由がある方や健康意識の高い方、アレルギーに悩む方などのための特別なものという印象が強かった。飲食店をはじめることになった時、どんなことをしようかと考えながらベルリンの街を訪れました。多民族の街なので歩いているとトルコ料理の店や韓国料理の店もある。中でも印象的だったのはどのお店にもヴィーガンのメニューがあったこと。日本の屋台村のようなフードマーケットを訪れた時、隣でタバコを吸いながら昼からビールを飲んでいる、タトゥーを入れた男子6人組が目に止まりました。いわゆる健康的なイメージからほど遠い彼らが、全員でヴィーガンのつまみを食べていたんです。タコスチップスやジェノベーゼソース、ジャンクな見た目ではあるけれど、私が選ばなかったヴィーガンのチョイスばかり。それがとても印象的で、ヴィーガンなの?と聞いたら、俺はヴィーガンじゃないよと。でも仲間のアイツが何かの肉を食べないと言っていた。理由は聞いていないけど、仲間で食べる時は全員が美味いというからヴィーガンがハッピーなんだよねと。1人でも多くの人にハッピーな方がいいに決まっている。私
がやりたいことはこれだと思いました」

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「考えてもみたら私たち日本人も肉や魚、どんなものでも食べると思いきや、そんなことないんですよね。例えば犬の肉やうさぎの肉は一般的ではない。思っている以上に、動物性の食べ物は育った環境や文化的背景で心のハードルがたくさんあるのだと思います。食べる、食べないの理由はいろいろで、それぞれの文化がすべて尊い。それらを否定することのない、みんなが美味しいという感覚を純粋に共有できる食卓がいいと思い、Alaska zweiはヴィーガンカフェにしようと決めました。そして私のように肉も魚も大好きな食いしん坊にとって美味しいものを100%植物性でつくれたら、世界中の友達と一緒に楽しめるはず。なのでお店で働いている子にヴィーガンのライフスタイルを求めません。私たちの作りたいヴィーガンは、美味しいの最大公約数であってほしいと思っています」

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すべてを手放して。歩くと遠くまで見渡せる

大皿さんの言葉どおり、隔たりを感じさせないお店にはヴィーガンメニューと知らずに来店するお客さんも多い。仕事がてら1人で来店する人から友人同士待ち合わせて来る人まで、老若男女、さまざまな人が各々の利用目的で訪れる。平日でもお昼時には外に行列ができるほど。誰もが気兼ねなく思い思いの時間を過ごせる心地の良い空間で今、当たり前のようにお店で流れている時間は、もしかしたらなくなっていたかもしれない。昨年、3月末に都知事が外食禁止要請を出した直後、まずは働いているスタッフを守らねばと「Alaska zwei」を閉めた。その日の晩にはオンラインストアを立ち上げ、雇用を守る仕組みもまだ発表されていない状況下、全員に給料を払いつづけることを約束した。そしてお店の存続の危機に直面しながらも100%ヴィーガンのパン屋を新たにオープンさせた。緊急事態宣言が発令された直後の2ヵ月間。飲食店にとって最悪ともいえる状況の中、開業前の「Universal Bakes and Cafe」と臨時休業していた「Alaska zwei」を繋ぐこの道を、大皿さんはほとんど毎日歩き続けた。

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「ここはもともと、コロナの緊急事態宣言が発令される前もランニングしていた道だったんです。2ヵ月間、ほとんど毎日歩いていました。この道を歩くと、自然と上を向いて歩きたくなるんですよね。緑道沿い、ずっと桜が咲いていてとても気持ちが良くて。遠くで聞こえてくる子供の声や、街の生活の音に耳を澄まします。学校があったり、園児がいたり、お店のお客さんに会うと、私が知らなくても向こうから声をかけてくれる、そんな道。ふだん不安な感情を抱いたり、ネガティブな感情になることはほとんどないんですが、歩きたいと思っていたあの時、不安だったんですよね。多分どうしていいのかわからなかったんだと思います。考える時間がほしかったから歩きたいと思ったし、自然と、地図なんていらないこの道を歩く時間がとても大事だった。家にいたら料理や片付け、家事や育児をしなくてはいけない。手にいっぱい荷物を持ってるけど、こういうふうに道を歩いて、今いる状態に身を委ねて何もかも手放すと、本当に考えるべきことに向き合える時間になる。電車の中やカフェでゆっくりしても、座った途端パソコンと携帯が登場するので、すべてを手放せる時間はとても大切で。振り返ってみて気がついたのは、この道に限らず、歩くこととランニングとは全然違うということです。ランニングの時は、目の前のやらねばならないことを考えている。でも歩くと、遠くまで見渡すことができる」

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「去年、国民に一律10万円付与されると国が宣言した時、お店がなくなることを心配して、寄付したいと申し出てくださった方が何人かいて。でもその時、タダでいただくわけにいかないなと、歩きながらどうしようか考えていました。すぐに実行したのがヴィーガンのソフトクリームを提供するためのクラウドファンディング。100万円ほどするソフトクリームの機械を買うことを目標にして、目標金額に届かなくても買うと決めました。またお客さんがたくさん来てくれるようになったら、寄付してくれた人には無料でソフトクリームを提供しようと。今もお店にあるそのソフトクリームの機械、ブーンと音がなってうるさいんですよ。でもあの音を聞くと、そこまでお店のことを大事に思ってくれていた人がいるんだと思い出させてくれるんですよね。もし当時、目の前のことだけに追われて助成金の申請方法を調べることだけしていたら、きっと思いつかなかったことだなと思います。今思えば状況としては最悪だったあの時、不思議と歩く時間が嫌だと思ったことが1回もないんです。この道は本当に綺麗で、なんだか別の世界みたいだった。ここに生えている草木と水路にとって、人がコロナで怯えていることは全く関係なかったんですよね」

都市で、未来に目を向ける心の余白を作りたい

アイスクリームではなくて、ソフトクリーム。つくりたいのは、お腹を満たすために食べるものではなく、心を満たしてくれるようなワクワクする夢のある食卓。そして2つのお店の食卓を支えるのは、街の常連さんや遠方から遥々足を運んでくれるお客さんと、誰にとっても美味しいを伝えたいと365日レシピを考えるスタッフ。そして季節ごと変化する旬の食材を育て、届けてくれる農家さんだ。定期的に遠方の生産地まで足を運ぶ大皿さんにとって、畑の土で育つ野菜や果物を手に取るひとときは、食べ物の恵を肌で感じる大切な時間だ。コロナ禍以降、飲食業界の中では都内から移住し農業を始める人も多い中、これからも都市でお店を続けていきたいと、心に決めていることがある。

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「私はもう少しの間、都市を諦めたくないと思っています。2011年、東日本大震災の後、流通が滞って水が売り場からなくなりました。それが私にとっては衝撃で、そうか、東京は水すらない土地だったんだと。でも自分が食べ物の仕事をしようと決めてから、それでも現代の私たちで作ってしまった経済市場の中で、都市に住む人が食べ物の本来の姿に目を向けていく、そのきっかけは作ることができる。もしみんなが農村に住んで、そこから豊さを実感できる世界になることができたらそれは最高だと思います。でも反面、それは私たちが生きている間は難しいことなのではないかとも感じています」

「都市は自分で食べ物を作らない多くの人が、効率良く暮らせる形として人間の叡智が作った素晴らしいシステム。どんな場所へも滞りなく食べ物を届けられるよう考えられた流通や、農薬・除草剤の助けも借りながら多くの野菜を安定して生み出す栽培方法も私は全然悪いことだとは思いません。今の都市の正義も現実で、私たちもその一部。でも、200年後も都市と農村の今の関係が維持できるかというと、いつか終わりがきてしまうんじゃないかとみんな気がついていると思うんです。だから都市に住む人もマイ農家を持とうという話をみんなによくしていて。うちの玄米は栃木の上野さんに作ってもらっていて、サラダプレートのベビーリーフは兵庫ナチュラリズムファームの大皿さん、リンゴは長野県の犬飼農園のマサルさんが作ってくれている。都市の人が、食べ物が生まれる土地に縁をつくっていくことがとても必要なんじゃないかなと。地方のことが人ごとでなくなりますから。例えば鳥が食べて穴がたくさん空いているリンゴも東京だと見られないですからね。でも木からいただくものなので、虫も鳥も動物も私たちも本来は並列の存在なはず。そんな気持ちがじわりと広がって都市の選択や行動が少しでも変わったら、その小さな変化の積み重ねが世界を変えていくかもしれない」

「道を選ぶことに、悩みたくないんです」。軽快な足取りで歩を進める彼女に、ふと気になって他の道を選ぶことはないのか?と尋ねると、そう返答された。フードプランナーの道を進み続け、もうすぐ10年。見据えるのは、まだ見ぬ道の先の方。歩みを進めるのは、同じ道に見えて変化に富んだ道のりだ。辺りで移り変わる景色や音、匂いや温度、空気を五感で咀嚼しながら、研ぎ澄まされた思考の中で1本の道はさまざまな表情を見せる。同じ道を、繰り返し歩き続けることで見えてくること。新たな道を見つけることだけが正解ではないのかもしれないと、大皿さんの背中を見て思う。これから先も考え続けるために。大皿さんは今日も軽やかに歩いていく。

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Photo:Hiyori Ikai
Edit+Text:Moe Nishiyama