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歩く、話す、見つける、
とっておきの街歩き。
SANPO TALK
#12 一歩一歩、自分の足で踏みしめる。悠久の時がつくった絶景の山陰海岸

#WELL-BEING 2023.09.29

歩く、話す、見つける、
とっておきの街歩き。
SANPO TALK – 山陰海岸ジオパーク・今井ひろこ編(コムサポートオフィス代表)-

※2023年8月時点の取材内容で構成しています。

その街をよく知るナビゲーターがおすすめの散歩コースを紹介しながら、自身のウォーキングスタイルについて語る連載企画「SANPO TALK」。
第12回は山陰海岸ジオパーク編。ナビゲーターは、コンサルタント会社「コムサポートオフィス」代表の今井ひろこさんです。出身は大阪でありながら、自然豊かな暮らしに憧れて兵庫県の香美町に移住して15年。現在は山陰海岸ジオパーク公認ガイドも務める今井さんに、日本海が生み出す雄大な地形を案内してもらいます。

今回のSANPO TALKはこれまでの街歩きとは少し趣向を変えて、ユネスコ世界ジオパークのひとつに認定されている「山陰海岸ジオパーク」を歩きます。

ジオパークとは、地質学的に価値のある場所や景観を保護・保全し、教育に役立て、地域経済を持続可能なかたちで活性化していくことを目的に管理されたエリアのこと。

日本国内で認定されているユネスコ世界ジオパークは10地域ありますが、その中でも山陰海岸ジオパークは、かつてつながっていた日本列島とユーラシア大陸が分かれ、日本海が形成される過程で生まれたリアス海岸をはじめ、ダイナミックな地質遺産や景観が多く残されていることで知られています。

そんな自然豊かなエリアをナビゲートしてくれるのは、各地の宿泊施設の集客をサポートするコンサルタント会社「コムサポートオフィス」の代表、今井ひろこさん。今から15年前、東西110kmにわたって広がるジオパークのほぼ中心に位置する兵庫県美方郡香美町に移住。本業の傍ら、山陰海岸ジオパークの公認ガイドとしても活躍されています。

「山陰海岸へようこそ! 今日はジオパークを歩きながら、豊かな自然を満喫しましょう」

そう言ってまず案内してくれたのが、この地域ならではの風土が育む名産を味わえるお店。

香美町で生まれた店主が営む「aoite.azuki.base」は、美方郡で栽培される美方大納言小豆を使ったスイーツが人気のカフェ。店主自らも栽培を行っているこの小豆は、昼夜の気温差が大きい気候のおかげで、甘み成分や旨み成分が豊富。また「美方ルビー」と呼ばれるほど鮮やかな実の色が特徴です。

「ここは昨年オープンしたばかり。美方大納言小豆は育てるのが難しく収量も少ないので、貴重なあんこをいただけるんです」

今井さんがオーダーしたのは、お店の一番人気であるあんバタートースト。地元の小豆を使ったあんこのお味は?

「甘さがしつこくなくて、とってもおいしいです。トーストにこれでもかってくらいたっぷりのせて頬張るのが最高ですね」

ここからは海岸沿いをじっくりと歩く長い道のり。上質な糖分を補給し、次の目的地に向かって山陰本線と並行する道を東へ。歩いている道路や周囲の建物には、この地域の気候風土ならではの工夫もあるようです。

「道路に噴水の吹き出し口のようなものがあるの、分かりますか? これは雪を溶かすための消雪パイプです。この辺りも冬になると、雪が1メートルほど積もることがあるんですよ。あと木造家屋の壁が黒いですよね。これは焼杉といって、雨が多くて雪も降るこの地域に適した、耐久性の高い建材なんです」

今も大切に住まわれている木造の古民家群を抜け、両脇に公園や商店が並ぶ通りを進んでいくと、やがて高台が見えてきました。石段を上がるとそこには、美しい日本海が見渡せる見事な眺望が広がっています。

「すごい眺めでしょう? ここは岡見公園といって、6000年前は離島だった場所。縄文時代から弥生時代にかけて海面が少しずつ低下して、現在のように陸地がつながったんです。この絶景は隣の古民家カフェからも楽しめますよ」

岡見公園内にある「古民家喫茶&レンタルスペース 岡見」は、かつて料亭だった場所で築年数はなんと95年。現在はカフェ兼レンタルスペースとして、海をバックに結婚式や音楽ライブなどが開催される場所となっています。

コーヒーを飲みながら眺める日本海の景色はまた格別。ここで今井さんに、普段のウォーキングスタイルについて聞いてみました。

「普段は夫と朝散歩をするのが日課になっています。私たちが住む集落にある海水浴場を歩いたり、隣の集落まで行って帰って来たり。時間にすると40分~1時間くらいでしょうか。この辺はアップダウンも多いので、ノルディックポールを使ってリズムよく歩くように心がけています」

炎天下にも関わらず、ここまでハキハキと歩く姿が印象的だった今井さん。「夫には『君はいつも格好から入るよね』なんて言われるんですけどね」と笑いながら、散歩を再開します。

岡見公園がある高台から下りると、すぐに漁港が見えてきました。ついさっきまで岩山から見下ろしていた海が目の前に。自然がつくり出したこのアップダウンによって、日本海のさまざまな表情が楽しめます。

ちなみに山陰はイカ漁が有名で、夏には名物の「シロイカ」を釣り上げるための漁り火が風物詩になっています。そんな港に沿うように10分ほど歩くと、次のスポットである「ジオパークと海の文化館」に到着。

「ここは山陰海岸ジオパークの活動拠点のひとつで、香美町の見どころをはじめ、地元の漁業や海洋生物など海の文化を学ぶことができる施設になっています。以前は、私もここで働いていたんですよ」

館内にはジオパーク周辺のリアス海岸を再現した模型や海洋生物のはく製などが展示され、つい時間を忘れて見入ってしまいます。

中でも香美町周辺の山から海に至る地形や集落、街並みをデフォルメしたジオラマをじっくり見ていると、棚田での稲作や、断層に沿って点在する温泉の数々、寒海性と暖海性の両方の魚介類が収穫できる漁港など、この地域ならではの暮らしや文化がよく分かります。

「山陰地方は雨が多く、冬場には雪も降ります。正直私も移住した当初はこの気候になかなか馴染めませんでした。でもそんな気候風土のおかげで、きれいな水が育むおいしい農作物に恵まれ、冷たい海水で育つカニといった水産資源も豊富な土地になったんですよ」

それまで歩いてきた山陰海岸ジオパークを俯瞰して見ることができたところで、今回のSANPO TALKも終盤へ。左手に日本海を眺めながら但馬漁火スカイラインを進んでいくと、道端に「日本の夕陽百選 今子浦海岸」という案内板が。

「今子浦海岸はキャンプ場も併設された海水浴場で、夏は家族連れでにぎわいます。夕陽ももちろんきれいなんですが、『かえる島』という観光スポットも人気があるんですよ」

かえる島とはその名のとおり、カエルの後ろ姿に見える大きな岩のこと。「かえる」という言葉になぞらえて、かつて航海に出た男たちが無事に「帰る(かえる)」ことを祈願した岩だったのだそう。

「そうして昔から、失くしたものが手元に“返る”とか、何かを“変える”など、さまざまな『かえる』を叶える祈願岩として親しまれてきたんです。今で言うパワースポットですね。またこの一帯は、町花であるユウスゲをはじめ、希少な植物もたくさん。ガイドをしていると1時間以上はここでしゃべってしまいますね(笑)」

かえる島越しに見える日本海は、変わらずに穏やかなまま。遠くにくっきりと見える水平線を眺めながら、今回の散歩は終了です。

リアス海岸や砂丘など、特異な地形を数多く有する山陰海岸は、「海岸地形の博物館」とも呼ばれているのだそう。そのダイナミックさは、一歩一歩自分の足で歩いて巡ってみることで、より体感できるはず。皆さんも、自然が長い年月をかけて形づくったこの景観を、その目と足で確かめに行きませんか。

aoite.azuki.base
住所:兵庫県美方郡香美町香住区矢田944-1
電話:090-1025-5125

岡見公園
住所:兵庫県美方郡香美町香住区一日市
電話:0796-36-3355(香美町 観光商工課)

古民家喫茶&レンタルスペース 岡見
住所:兵庫県美方郡香美町香住区一日市93-2
電話:0796-34-8815

香美町立ジオパークと海の文化館
住所:兵庫県美方郡香美町香住区境1113
電話:0796-36-4671

今子浦海岸・かえる島
住所:香美町香住区境

PROFILE

今井ひろこ(いまいひろこ)
大阪府出身。化学メーカーに勤務したのち、趣味のダイビングをきっかけに兵庫県美方郡香美町に移住。役場職員を経て、小規模事業者向けの経営コンサルタント会社「コムサポートオフィス」を立ち上げて代表に。現在は本業の傍ら、「NPOたじま海の学校」の副代表や山陰海岸ジオパークの公認ガイドも務める。
Photo : Kohei Watanabe
Edit+Text : Taro Takayama(Harmonics inc.)